司法書士ジャーナル
橋本司法書士事務所ブログ

9月 25 2012

私の履歴書② 学生時代(1)

5:41 PM その他

私の通った大学は東京、吉祥寺にある成蹊大学です。吉祥寺は、かなりの繁華街なので、そんなところに大学があるのかと思われるかもしれませんが、もちろん街中ではなく郊外にキャンパスがあります。と言っても、15分も歩けば吉祥寺の駅に着く程度の距離です。

簡単に大学の紹介をしておくと、結構、キャンパスは広くてきれいです。東京の大学キャンパスは土地が高いせいもあってか、せまいところが多いですが(特に私立大学は)、成蹊大学はかなり広いですね。ケヤキ並木が有名で「新東京百景」に選ばれています。

三菱グループがバックアップして創立されたという背景があるので、大学の知名度の割には就職が良いとの評判があります。もっとも、私は、サラリーマンはなりませんでしたので、そのメリットは享受できていませんが。たまに友人に会うと結構、出世していたりするので、「オレもサラリーマンになっときゃ良かったかな」と、ちらと思うことがありますが、すぐに、「やっぱり、オレがサラリーマンになったら上司とそりが合わなくて、出世はしていないだろうな」と思い直します。

卒業生で有名人と言うと、元首相の安倍晋三(もう一度、首相になるかもしれませんので応援してます)、元日弁連会長の梶谷剛。アナウンサーの高島彩、作家の石田衣良・桐野夏生、俳優の中井貴一・鶴見辰吾などでしょうか。
ちなみにテレビに出てくるような有名人ではありませんが、実業界には滅法強く、現社長が卒業生である企業は、アサヒ飲料、富士重工、中部電力、西部鉄道、紀伊国屋書店、森永乳業、集英社、小学館、堀プロ、敷島製パン、エイデンなどがあります。

さて、私が学生生活をおくったのは1980年代初めです。当時はもう70年代に荒れ狂った学生運動は消滅していました。他の大学の友人にも聞いているし、実際に他の大学のキャンパスにも、いくつか足を運んだことがありますので、私の大学に限ったことではないと思います。キャンパス内でヘルメットをかぶったデモなどに、お目にかかることはありませんでした。

東京で一人暮らしを始めた私は、まず下宿を探しました。見つけたのは2階建て6畳の木造アパートです(6部屋ありました)。小さいですが風呂はついてました。もちろんエアコンなどはありません。当時は、4畳半で風呂なしというアパートも結構あり、これでも「ぜいたくだ」と非難されることがありました。友達が風呂に入りに押しかけてきたことも何度かあります。今では考えられないですね。

訳あって、社会人になった後も学生と接する機会が多かった私は(理由は、おいおい説明していきます)、もはや風呂なしアパートというのは学生の下宿では、かなりの少数派になっていること知りました。おかげで銭湯が廃業していると聞きます。最近ではエアコンも付いているのが当たり前だそうです。いやあ時代は変わったものです。

下宿の場所は、井の頭公園の裏手になります。井の頭公園と言えば、頻繁にテレビドラマの舞台になっていることで知られています。テレビの画面で池のある風景を見覚えがある人も多いでしょう。(井の頭公園とは、吉祥寺の街の裏手にある東京都内でも有名な公園のことです。吉祥寺のシンボルのような存在になっています。夏はカップルが滅茶苦茶に多いので目のやり場に困ります。)

学生時代は、「アパートの窓から井の頭公園が見えますよ」と言うと、「え、あのテレビによく出てくる場所ですか」と言って、驚かれたものです。実際、風景のきれいな場所なので、よく散歩しました。井の頭公園周辺には割と芸能人が多く住んでいるので、たまに会うこともあります。

今と違って学生の下宿にはエアコンが無いのが当たり前の時代ですから、真夏や真冬は、とても快適とは言えませんが、その分、歩いて行ける範囲に吉祥寺の街や井の頭公園があったのは、周りの環境は快適だったと言えるでしょう。