司法書士ジャーナル
橋本司法書士事務所ブログ

7月 20 2016

和歌山訴訟 最高裁判決について

平成28年6月27日に司法書士の代理権の範囲についての裁判として注目されていた通称「和歌山訴訟」の最高裁判決が示されました。このブログでも以前、和歌山訴訟について取り上げていたこともあり、今回、最高裁判決の内容と私なりの意見を書いてみたいと思います。

まず、最高裁判決の内容ですが、一部の報道では一方的な司法書士側の負け判決であるかのように報じられているようですが、判決を詳しく読めば司法書士と弁護士の主張のバランスを取った内容で、一勝一敗の引き分けというのが客観的な見方だと思います。(何故、司法書士敗訴のような報道が目立つのか不思議です。メディアに登場するのが弁護士が多いのが原因なんでしょうかね)

まず争われていたポイントを整理してみましょう。争点は二つです。(前提知識として、司法書士の代理権の範囲は140万円以内というのを覚えておいて下さい)

一つ目の争点は、債務整理事件について、総額説と個別額説のどちらを採用すべきかという問題です。

例えば、依頼人が3社に対して、それぞれ50万円ずつの債務を負っていた場合、あるいは50万円ずつの過払金を請求する場合を考えてみましょう。総額説では3社合計の150万円の事件だから140万円を超えているため司法書士は代理できないという主張です。
一方、個別額説では3社はそれぞれが独立した事件と考え、1事件が50万円で140万円以内なので3社とも司法書士は代理できるという主張です。

二つ目の争点は、債権者主張額説と受益額説のどちらを採用すべきかという問題です。

例えば、依頼人が200万円の債務を負っていて、司法書士が間に入って交渉して80万円の債務に減額した場合を考えてみましょう。債権者主張額説では、債権者が請求する200万円を基準として判断するので140万円を超えているため司法書士は代理できないという主張です。
一方、受益額説では依頼人の経済的利益を考え、この場合、依頼人は200万円の債務が80万円に減ったのだから120万円の利益を得たと考えます。そこで依頼人の利益120万円を基準として判断するので140万円以内であり、司法書士は代理できると言う主張です。

二つの争点を明らかにしたところで最高裁の判断は以下のとおりです。

まず一つ目の争点については、個別額説を採用しました。従って、この争点に関しては司法書士側の勝利となっています。

続いて二つ目の争点については、債権者主張額説を採用しました。従って、この争点に関しては司法書士側の敗訴と言えるでしょう。

客観的に見る限り、これは引き分けだと思うのが普通の感覚だと思いますが(最高裁も、どちらかを一方的に勝たせたくなかったのかなとも推測できます)、繰り返しになりますが、「司法書士が負け」のようなイメージの報道が目立ちました。これはフェアではないと思いますね。

以上が客観的な事実関係です。ここから先は司法書士としての私の意見となります。

まず、この判決が実務に与える影響ですが、正直なところ、ほとんどありません。この点は、まるで実務に大きな影響を与えるかのような報道が一部にありましたが、全く現場の感覚とずれています。同僚の司法書士と、この話をしても、心配している司法書士は私の知る限りいませんでした。

何故なら、司法書士が負けた争点である債権者主張額説が登場する実務の現場というのは非常に少ないからです。実際の実務の現場では、多くの貸金業者が債権者主張額説を以前から主張していて、それらの業者では任意交渉の場では債権者主張額説に沿った和解しか認めていなかったという現実があります。従って、受益額説に沿った和解が結べるケースというのは現実には極めて少ないのが実情でした。だから実務的には今までと、ほとんど変わらないと言う認識です。

一方、もう一つの争点である個別額説ですが、もしこの争点で司法書士が負けていれば、実務に甚大な影響が出たのは間違いありません。債務整理に係わるほぼ全ての司法書士が個別額説に基づき実務をしており、争点に係わる事件数も多いので、まさに現場は大混乱に陥ったことでしょう。従って、こちらの争点で勝ったことの意味は非常に大きく、「客観的に見れば引き分けだが、現場の感覚では司法書士の勝利だ」と言う司法書士もいるほどです。

最後にネットなどに挙げられている、このような意見に対する個人的な反論をしてみたいと思います。たまにネットに以下のような意見が見られます。
「司法書士が勝手に解釈していた主張が、今回否定された。当然だ」というものです。
これは、司法書士が負けた受益額説に対しての意見だと思われますが、はっきりと主張しておきますが、受益額説は「司法書士が勝手に解釈していた主張」などでは決してありません。ちゃんと証拠もあります。
テイハンという出版社が発行している「注釈 司法書士法」という書籍がその証拠です。この書籍の作者は、司法書士の代理権の範囲を定めた司法書士法の法案の作成に係わった法務省民事局の官僚です。いわば法案の立案担当者であり、立法趣旨(どのような趣旨で法案を作成したか)を誰よりも良く知っている人物です。その書籍の97頁に以下のような記述が出てきます。
「債務整理事件について、司法書士が裁判外の和解について代理することが出来る範囲は、債務弁済調停事件や特定調停事件における代理権の範囲と同様の基準によって判断する。従って、「紛争の目的の価額」の算定には、残債務の額ではなく、弁済計画の変更によって債務者が受ける経済的利益による。」

実は、上記の書籍は有力な証拠として裁判に提出されています。従って、受益額説は立法担当者の意思だったということであり、今回の最高裁判決は法務省民事局の立法担当者の意思に逆らって(立法趣旨に逆らって)出された異例のものであるということが分かってきます。
しかも、実際の裁判所の運用でも、例えば私の地元の名古屋簡裁の特定調停の受付では、受益額説により申立を受け付けていました(今回の判決により変更されるでしょう)。これは、裁判所の担当者レベルでも、受益額説を採用していた何よりの証拠です。

個別額説と総額説の争いで総額説を採用した場合、現場の実務で大混乱が起こることは容易に想像できます。個別額説で実際に行われた裁判の件数が、ものすごい数になるからです(特に過払金請求訴訟)。当然、裁判所を総括している最高裁はそのことを分かっているでしょうから、この件で総額説は採用しづらいでしょう。だからと言って、もう一つの争点である、債権者主張額説と受益額説でも、立法担当者の意思が受益額説であると明確に示された書籍が出版されています。普通に考えたら、二つともが司法書士側の勝利になっても全くおかしくない裁判だったと個人的には思っています。しかし、最高裁は弁護士側の面子も考えたのではないでしょうか。最高裁まで上がってきた裁判で両方とも負けてしまっては弁護士側の面子は丸つぶれでしょう。まあ、あまり思いたくはないですが、裁判官と弁護士は同じ司法試験を通ってきて、同じ司法修習所で研修を受けてきた仲間です。このことが全く影響しなかったと考えるのは少数派ではないでしょうか。