12月
04
2012
最近では、すっかり有名になった過払金返還請求ですが、まだ、請求をためらっている人達がいます。これらの人達は恐らく、次のようなことが不安なのではないかと思います。
「サラ金に対して過払金なんて請求して、本当に大丈夫なの? あとで何か問題が起こらない。」・・・①
「広告では違法利息だと言ってるけど、自分は困っている時に借りたので、今さら返してなんて悪い気がする」・・・②
「もう返し終わって、せいせいしている。二度と思い出したくない。だから、やらない。」・・・③
「広告では戻ってくるようなことを言っているけど、そんなにうまい話はないと思う。どうせ請求したって、少ししか戻ってこないだろう。やっても無駄だ。」・・・④
「家族にナイショでずっと借りていた。ずっと借りていたので、ひょっとしたら過払いになっているかも。興味はあるんだけど、家族にばれるのが怖くて踏み切れない。」・・・⑤
ざっと、こんなところでしょうか。では、この疑問や不安に一つずつ答えていきたいと思います。
①への回答
一般の人にとって、サラ金はやっぱり怖いというイメージがあります。昔に比べれば、だいぶ薄まっていると思いますが、まだ一部の人の頭の中には「サラ金からお金を取り戻すなんて、とんでもない。何かされたらどうするの」という心配があるようです。(私も同窓会の席で自分の仕事を話したら、友人から「お前、そんな仕事してて何かされない。」と真顔で言われました。やはりこれが一般的な感覚なんでしょう)
しかし、結論から言うと、10年近く債務整理の仕事をしていて今のところ一度も怖い目にあったことはありません。もちろん依頼人が過払金請求をした結果、怖い目にあったという話も聞いたことがありません。この点に関しては、安心して頂いていいのではないでしょうか。
特に最近は貸金業法が改正されて、より監督が厳しくなっています。貸金業者と依頼人との間に何かトラブルが起こって、それを監督官庁に報告されたら、下手をすると貸金業者は営業停止処分になる可能性があります。そんなリスクのある行動を取ることは考えにくいですね。
次回は②について回答いたします。
11月
13
2012
さて、そろそろ学生時代は終わりにして、次のエピソードに移ろうと思いますが、前にも話したように、私はサラリーマンを経験していません。ですから就職活動のエピソードというものがありません。結婚と並ぶ人生の一大イベントの経験が無いのは、この年になってみると、非常に残念なことだと思っていますが、その代わりに、恐らく他ではあまり経験できないイベントを経験していますので、それについて話してみようと思います。
私は旅行が国内・海外含めて好きなので、いろいろなところに行っています。その中でも特に強烈な体験として記憶に残っているものを、これからお話します。それは、自動車によるアメリカ大陸横断です。
私はアメリカに語学留学に行っていたことがあります。まずハワイに行って、そこでしばらく海外生活に慣らしてから(いざという時に日系人が多いから)、その後、アメリカ本土に留学しようと計画しました。
当時は80年代後半で、まさにバブル真っ盛りの時代です。日本の留学生が世界中に進出していて、どこに行っても日本人だらけという、今では考えられない様子でした。学校も8割以上が日本人という、正直、何をしにきたのか分からないという状態で、そのまま日本が移動してきたみたいでした。
その中で、一人の日本人と知り合います。彼が大陸横断のきっかけになるのですが、慶応の医学部大学院から派遣されてきた医者で、ハワイで語学研修をした後、東海岸のハーバードに留学が決まっているというエリートです。彼が西海岸のサンフランシスコで学会があるので、そこから東海岸のボストン(ハーバードのある街です)に行く時に、一緒に車で大陸横断しようと誘ってくれたのです。
当時は私も若かったので、こんな無茶な提案に「面白そうだ!」とのってしまいました。もちろん実際に面白かったことは間違いないんですが、長期間2人っきりで車に乗り込んで移動している訳ですから、時にはケンカもします。行きたいところで、もめることも何回かあったのを覚えています。
全行程は約2週間、最短距離でボストンまで行ったら、もちろんそんなに時間はかかりません。確か3~4日もかければ着くはずです。しかし、せっかく行くからには、いろいろ寄り道をして見て回りながら行こうという気持ちになるのは自然の成り行きでした。それも期間は決めていたけど、コースは行き当たりばったりで出発しました。
この大冒険のおかげで、アメリカの道路地図を見るのは、かなりベテランになった自信があります。交代で運転しながら、片方はナビゲーターをしていましたから、嫌でも覚えます。最終的には、始めて行った街でも、かなり細かいところまでドライバーを案内できるようになりました。(当時はカーナビというものは、まだありません。場所は自分で探すしかない時代です)
実はアメリカの住所というのは、日本と違って非常に合理的に分かりやすく出来ています。自分で車を運転してみて、つくづく分かったのは日本の道路や住所がいかに分かりにくいか、ということでした。日本で同じように道路地図だけで縦断しようと思ったら、かなり困難なことになるでしょう。
まずアメリカの場合、住所が分かればピンポイントで建物の場所まで分かる構造になっているのです。アメリカの住所は全てが通りの名前で表示されています。「~アベニュー」とか「~ストリート」とか「~レーン」などです。そして通りの名前の前に地番の数字がきます。「220キングストリート」のようになります。そして重要なのは、この地番が必ず建物の番号になっているのです。
日本のような「~丁目」という概念はありません。しかも、地番は偶数か奇数かで、通りの右側にあるか左側にあるかが決まっています。ということは、地番を見れば、車に乗りながらでも、左に注意すればいいか、右に注意すればいいのかが分かるということなのです。これは日本の住所しか知らない人間にとって、感動的に良く出来ているシステムだと思います。
しかも建物には、車からでも視えるように、かなり大きな文字で地番が書かれているのが一般的です。だから、通りの名前さえ地図で調べられれば、ほとんどの場所には行くことが出来るわけです。(地図は通りの名前が検索できるような作りになっています)
11月
05
2012
土曜日に司法書士会主催の研修に行って来ました。今回の研修は、「司法書士の代理権の範囲について」というものです。平成15年から司法書士の簡裁代理権が認められ、簡易裁判所の案件に関しては弁護士と同等の権利が行使できるようになりました。それから10年あまり経って、当初は予想していなかった弁護士側からの反論が出てきたので、最近、もめているのです。(裁判で争われている事例もあります)
私の感覚では、ロースクールの登場により、弁護士が大量増員されて、「食えない弁護士」が特に首都圏や関西圏などで無視できないほどに発生した結果、自分たちの領域を守ることに弁護士側が今まで以上に敏感になっている、というのが真相ではないかと思います。(ようは、弁護士が今までと同じように食べていけていたら、恐らく問題は起きていないのではないか、という印象です)
このような動機が疑われるせいなのか、弁護士側の主張は、「ちょっと客観的に見て、強引じゃないかなあ」と思える事例が多いように感じます。私は弁護士と司法書士は敵対関係ではなくて、補完関係であるべきだと考えますので、職域の問題で司法書士を訴えてくる弁護士に対しては、少なからず疑問を感じます。
例えば、よく弁護士事務所のホームページに書かれている「司法書士は全ての債権者を含めた総額で140万円を超えたら債務整理が出来ません。だから、弁護士にお任せ下さい」という文言ですが、こんなこと言い切っていいのかなあ、と思います。
実際には、上記の基準で債務整理を行っている司法書士はいないと思います。これは、別に規則を守っていない訳ではなくて、「そんな基準は、どこにも書いていないのであって、弁護士会が勝手に言っていること」だからです。まあ、弁護士側の主張ということになります。
どこにも書かれていないからこそ、弁護士は訴訟をやってきて、判決を取って、「どうだ判決に書かれているじゃないか。だから、ダメなんだ。」とやりたい訳なんですね。まあ、最終的に弁護士が狙っているのは、最高裁判決を取って、規則自体を変えさせようということなんでしょう。(最高裁判決は法改正の圧力になりますから)
当然、司法書士側にも主張があって、債務整理の金額とは、個別の債権者ごとに判断されるべきもので、個別に140万円以内であれば問題なく司法書士の代理権の範囲であるというものです。何故なら、実際に裁判に持ち込まれた時には、裁判所は個別の債権者ごとに金額の範囲を決めるからです。現実に裁判所が、そのような取り扱いをしていて、それで司法書士が裁判所から拒否されたという事例を私は聞いたことがありません。
この総額か個別かという論争は、和歌山地裁で争われて既に判決が出ています。この和歌山地裁判決では、明確に「代理権の範囲は、個別に金額を判断するべき」と判断されました。司法書士側の主張が認められたことになりますね。
ただ、この件は大阪高裁に控訴されて再び争われています。こちらは、まだ判決は出ていません。弁護士も、しつこく争ってきますね。
ただ、大阪高裁は平成21年に、別の論点で弁護士と司法書士が争った時に、両者引き分けと呼べるような判決を下しています。簡単に説明すると、「今回の司法書士の執務は弁護士の主張から言うと違法になる可能性があるが、当の司法書士には適法だと信じるだけの理由があるので、違法とは言い切れない」というものです。
まあ、完全に適法だと言っていない点で、司法書士が勝ったとも言えないし、弁護士が勝ったとも言えないという、どちらかと言うと裁判所が判断を避けたという感じの判決でした。裁判所からしてみれば、こんな職域争いを裁判所に持ち込むなという気持ちなんじゃないかと想像していますが、いかがでしょう。
私の意見としては、誰が見ても明らかな違法行為ならともかく、裁判所が判断を避けるような微妙な問題に対してまで、こんな争いを続けるのは不毛じゃないでしょうか。もちろん弁護士側が訴えてきているものが100%なので、訴えられた以上は司法書士も対応しない訳にはいかないでしょう。ですから、この問題は、弁護士側が止めない限り今度も続く訳です。(最高裁判決が出れば終わるでしょうが、その後も、また別の論点でやってくるような気がします)
私には個人的に知り合いの弁護士もいますし、個別には司法書士に協力的な人も知っています。しかし、弁護士会という組織になってしまうと一種の圧力団体のような行動を取ってしまうようです。だとしても、せめて争う必要のないような明らかな弁護士法違反などに限定してもらいたいと、つくづく思います。
11月
01
2012
さて学生時代の、もう一つの課外活動と言えばアルバイトでしょう。実はアルバイトに関しても、私はクラブ活動に関係のあることをやっていました。ゴルフに関係あるアルバイトと言えば、そうキャディです。
いろいろなアルバイトの経験のある人でも、キャディをやったことがあるという人は、かなり少数派なのではないでしょうか。そういう意味では良い経験をさせてもらったと思います。(当時は大変だと思っていましたが)
実はキャディという仕事は現在は少なくなっています。セルフカートと言ってプレイヤーが自らカートを動かしてプレーするのが標準になってしまったからです。今だとキャディ付きでプレーする人は、お金持ちか会社接待かしか残っていないかもしれません。しかし、私の学生時代はセルフプレーは、ごく少数で、一般客はキャディ付きでプレーするのが当たり前でした。
所属していたサークルがコネのある福島県のパブリックコースがあって(那須国際カントリークラブと言います)、そこでは、土日の客が増えた時に増えた分を学生アルバイトキャディに任せていて、毎週末に希望部員を募集しては行っていたのです。
前にも書きましたが、ゴルフコースは大人の社会です。学生だからと言って甘えは許してくれません。お客さんはアルバイトキャディだからと大目には見てくれませんので、粗相があれば容赦なく苦情が入り、後で叱られます。そういう意味で緊張感のある仕事でした。
キャディと言うと、当然、コースに詳しくなければなりません。お客さんからコースについていろいろ聞かれますから。でも1年生のころは何も知りませんので、先輩から受け継いだコース攻略法のメモがあって、それを必死に覚えます。もちろんキャディをやっている最中にも持ち歩いて、時折、盗み見をしながら質問に備えたりします。
このメモが良く出来ていて(何年もかけて作られたものですから)、次のショットに有利なポジションとか、グリーンの芝生の芽とか、隠れているOBゾーンとか、かゆいところに手が届く内容になっていて、得意になって説明して、結構、お客さんに喜ばれたりしていました。(当時は景気が良くて、チップをもらったことも何回かありました)
しかし、体力的には結構、大変で、がけの上から「7番アイアン持ってきて」とか、林の中に打ち込まれると「先に行って探してきて」とか容赦なく言われます。あと、お客さんごとにクラブの種類を覚えるのが大変で、だいだい4人1組で回りますので、4種類のウッド(当時はメタルウッドは、ほとんど普及していません。大半がパーシモン(柿の木)です)、アイアン、パターを覚えこんで、使う度に正確にバッグに戻さなければなりません。
印象に残った経験と言えば、途中で雷が鳴ってきて(ゴルフに雷は天敵です)、サイレンが鳴って、「クラブハウスに引き上げて下さい」とアナウンスが聞こえてきても、一向にプレーを止めないお客さんに付いた時は、死ぬかと思いました。「引き上げた方がいいですよ」と何回言っても聞かないのです。結局、最後までプレーして、クラブハウスに着いた時には、一緒に来ていた他のキャディは、みんなとっくに引き上げていて、「まだやってたの、雷、鳴ってたのに」と驚かれたのをはっきりと覚えています。
サークルが、このアルバイトを何年も続けてきたのは実は理由があって、キャディの仕事が終わった後、なんと無料でコースをラウンドさせてもらえるという特典が付いているからなのです。これは魅力的で、給料よりもこれが目当てで参加している部員も大勢いました。もちろんゴルフバッグは自分でかついで回ります。時間は日暮れまでオーケーなので、夏に行くと結構、長い時間プレーできます。
金曜日の夕方から出かけて2泊3日で日曜の夜に帰ってくるパターンです。土日にキャディとおまけのラウンドをして、給料はだいたい2万円くらいです。交通費もだしてもらえます。運がよければ、さらにチップがもらえることもあります。お金をもらって、さらにゴルフもして帰ってこれるという今、考えたら結構、良い条件のアルバイトですね。
ただ、このアルバイトも今年、40周年の同窓会に行った時に、現役部員に聞いたら、今はやってないということでした。恐らくセルフプレーが主流になって、キャディの仕事自体が今は減っているのでしょう。そうするとアルバイトキャディという存在自体が無くなっている可能性があるので、非常に貴重な経験をしたんだなあと感慨深いものがありますね。
10月
22
2012
今までは比較的、安定していたアコムの過払金の支払いでしたが、ついに「アコムよ、お前もか!」という展開になってきました。
最近では、空白期間の無い取引で、訴訟により請求しているケースでさえも、過払金元金の7割くらいの和解金額を提示するようになっています。これは単純に資金繰りの悪化と考えるしかないように私は思います。
何故なら、空白期間の無い取引である以上、主だった争点は無いわけで、少なくとも元金部分に関しては、アコムが訴訟で勝てる見込みは、ほとんど無いのです。既に訴訟に持ち込まれている以上、悪あがきをしても判決では勝てないでしょう。それでも元金カットを要求してくるということは、背に腹は代えられない事情があると考えるのが自然でしょう。
しかし、これでアコムから元金も回収できないと思うのは早合点でしょう。とにかく、訴訟ではダメもとで抵抗して相手に圧力をかけて、ひょっとしたら急いでいる人なら減額に応じてくれるかもしれないという作戦である可能性も高いからです。
特に急いでいない人なら、じっくりと時間をかけて判決で勝っていけば、アコムは支払う可能性が高いのではないかと個人的には思います。何故なら、やはりバックに大手銀行がついているからです。ただ、その大手銀行からも、「簡単に支払うな。少しは抵抗しろ。」という指令が出ている可能性もあります。
もはや、割と素直に元金を支払ってくる消費者金融は、レイク(新生フィナンシャル)くらいになってしまいました。クレジットカードも最近は、分断を主張してくるようになっています。まさに過払金を取り巻く情勢は厳しくなりつつあるようです。
10月
18
2012
日本の大学生活と言えば、欠かせないのがサークル活動とアルバイトではないでしょうか。正直なところ、日本の大学生が大人になるのは、教室ではなくて、課外活動の方が影響が大きいのではないかと、多くの人が思っていることでしょう。私も、この点は例外ではありません。(課外活動を全くしなかった人は、就職でも不利になるというのは、あながち的外れとは言えないでしょう)
私はサークルでは、ゴルフの同好会に入りました。大人になっても出来るスポーツがいいと思ったのがきっかけです。残念ながら現在、腰痛のため、ゴルフは休んでいますので、当初の目的は達成されていませんが。私が入ったゴルフサークルは今年、結成40周年の同窓会が行われました。サークルの割には長く続いているので驚いています。
最初は、気軽な気持ちで入ったのですが、結構、厳しいので後で後悔しました。ゴルフというのは嫌でも大人の社会に入っていきますので、今、考えるとためになることも多かったです。
例えば、月例会という月に1回コースに出て成績を競うコンペがあるのですが、学生ということで、当然キャディなどつけられません。また現在のようにゴルフ場にセルフカートの備えが、ほとんど無かった時代なので、ゴルフバッグは自分でかついでプレーするのです。社会人になってからゴルフを始めた人は、自分でバッグを担いでプレーするというのは考えられないんじゃないでしょうか。(これが原因で、入部当初はたくさんいた女子部員が、半年後には半分以下になっています)
一応、サークル活動なので、ほとんどの部員がフルセットを入れています。バッグの重さは10キロぐらいにはなります。しかも、ゴルフ場は学生に対して徹底的に厳しい要求を出していて、
1 学生は打ったら必ず走ること
2 一般客が追いついてきたら、先に行かせること
3 め土袋を必ず携帯して、打った後は必ず埋めること
(め土袋とは打った後のディボットという穴を埋めるための土が入った袋です。この袋を土で一杯にして各部員が持たされます)
などを、うるさいくらいに言われます。
当時、学生を入れてくれるコースは、それほど多くなかったので、同じコースに複数の大学が重なることもあり、上記のことを守らなかったという理由で、途中で帰らされた大学もあったと記憶しています。(ゴルフ場にとっては、正式な部活も同好会も区別する理由がありませんので、全く同じように扱われるのです)
よく事情を知らない人が「学生のくせにゴルフなんて生意気だ」などと気軽に言いますが、我々のやっているプレーを知っている人は、そんなことは言いません。そもそもテニスやスキーで生意気だと言う人はあまりいないのは、不思議ですよね。私に言わせればテニスやスキーのサークルよりは、よほど厳しい状態でプレーしていると思っています。
上記の指示を守りながらアップダウンのあるコースを10キロ近いバッグをかついで走り回るのです。しかも、学生はワンハーフ(1.5ラウンド)が当たり前という時代だったので、27ホール、距離にして約9キロメートルを、この状態で回ります。
学生を入れてくれるゴルフ場は関東では栃木県や群馬県まで行かないと、なかなか無かったので、東京からだと朝は午前3時とか4時とかに出発します。終わった後は、風呂は一般客が終わった後にしか入れません。途中、ファミリーレストランで夕食をして、帰りはいつも夜10時とか11時です。
まさに強行スケジュールで、体力を使い果たします。後、家から車を借りられる人は、さらに悲惨で、この状態で行き帰りの運転をし、最後に車の無い人の家に送り迎えなどもあります。
また年に2回、春と夏に合宿がありました。合宿は5泊6日でゴルフ場にある宿泊施設に泊り込みます。上記のプレーを5日間やるわけです(最終日のみ18ホール)。終わった時はバタンキューで15時間くらい眠り続けたことがあります。
とても優雅とは言えない学生ゴルフですが、非常に社会勉強になった側面はあります。当時のゴルフ場にとっては学生は「客であって客でない存在」です。明らかに一般客とは区別した扱いですから、「あいさつの徹底」なども、うるさく言われます。生意気な年頃ですから、上級生から言われると素直に聞けないことでも、ゴルフ場から要求されていれば従わざるを得ません。そういう意味で鍛えられた部分はあると思います。
10月
09
2012
司法書士会で強制執行の研修があったので行ってきました。過払金を払わない業者が増えてきたので、最近では強制執行も身近になってきて多数の参加者で会場はほぼ満員でした。
私も強制執行は何度もやっていますので、まあまあベテランの方だと思っていました。確かに研修の大半は知っていることだったので、少し退屈をしていましたが、中には掘り出し物の情報もあり、本日は、その中の一つを紹介しましょう。
公正証書というものがあります。公証人役場というところに行って、公式に約束を証明してもらうものと考えて頂ければ良いでしょう。この中でよく使われるものの一つとして、執行受諾文付公正証書というものがあります。少し長いので省略して執行証書と呼ばれます。
執行受諾とは、もし、この約束を守らなかったら強制執行されても文句は言いませんという取り決めのことです。この取り決めが書かれている公正証書のことを執行証書と呼びます。具体的には、離婚の時の養育費や慰謝料についての執行証書、個人間の貸金についての執行証書などが代表的です。
この執行証書を作っておくと、非常に有利なことがあります。それは、いざ相手が約束を守らなかった時に、いちいち裁判をしなくても、いきなり強制執行が出来るという点です。これだけ有利な点があるからこそ、執行証書は頻繁に作られ利用されます。
しかし一つ問題があります。強制執行をする時には、この執行証書を相手方に送達(郵便で送り受け取りの証明をもらう)しなくてはなりません。強制執行をするということは相手方が約束を破っている時ですから、当然、相手方は警戒しています。そんな時に執行証書が送達されてきたら、「これはヤバイ」と思って金目の物は隠してしまう恐れが充分にあるわけです。
これを防ぐために、執行証書は予め作った時に送達してしまった方が良いということなのです。作った時に送達してしまえば、強制執行の時に改めて送る必要はありません。これなら、文字通り、いきなり強制執行をすることが可能となります。
公正証書を作る時は、相手方も一緒に公証人役場に行って中身を確認したりすることも多いので、それなら、すぐに同じものを送達しなくても良いだろうと考えて、送らない人が多いらしいです。これが後になって、影響が出てくる可能性があるわけです。(弁護士でも気付いていない人が、いるそうです)
いや、良い情報を聞けたと思っています。こういうことがあるから、知っていることでも研修には出た方が良いなと感じます。
10月
03
2012
長引く不況のため、生活保護の申請をする人が増えています。最近、何かとマスコミで話題になっている生活保護ですが、もちろん、不正受給は非難されて当然です。これについては厳しく取り締まる必要があるでしょう。
しかし、一方で本当に必要な人には、きちんと受けられるようにするのも重要なことです。ようはバランスの問題ですね。「生活保護など無くしてしまえ」というのも極端で間違っていると思いますが、逆に、「審査を甘くして、片っ端から通してしまえ」というのも同じように極端で国民の理解を得られないでしょう。
ここでは借金と生活保護の関係について説明してみたいと思います。結構、知られていないのですが、借金をかかえていると生活保護が受けられないのです。これは、明確な理由があって、生活保護は、あくまで本人の生活のためにつかってもらう費用なので、借金の返済にあてることは禁じられているのです。
まあ、考えてみると、借金の返済とは金融機関に、お金が移転することですから、せっかく、生活保護を与えても、それが右から左へ金融機関に払われてしまったら、何のために国家は生活保護を払っているのか分からなくなってしまいます。この点は、ご理解頂けるのではないでしょうか。
では、借金がある生活困窮者は、どうすれば良いのかというと、債務整理をすることになります。実際に、役所の窓口では、申請に来た人に借金があると、法律家に頼んで債務整理をしてもらって下さい、と言います。まずは借金を無くしてから、改めて申請に来て下さいということです。
この場合の債務整理とは、完全に借金が無くなるような整理のことを指します。従って、多くの場合は自己破産になるでしょう。もちろん、過払金が発生していた場合も借金は無くなりますが、この場合は、新たに過払金が返ってくるので、生活保護を受ける必要がなくなる可能性があります。
このように生活保護と自己破産というのは、結構、切っても切れない関係にあるのです。
10月
01
2012
大学は文学部出身です。法律とは全く関係がありません。そもそも学生の時は、自分が将来、司法書士になるなんて想像もしていませんでした。当時は司法書士という資格の存在すら知らなかったと思います。文学部から資格試験を受ける人は、あまりいませんので、そういう情報にも詳しくなかったのです。
私が学生時代を過ごした80年代前半は、女の子は圧倒的に文学部を選択していた時代です。女性で法学部や経済学部、ましてや理系などは非常に少なかったのを覚えています。(別に、これが文学部を選択した理由ではありませんので、念のため)。当時は、明確にやりたいことが決まっている人以外は、女性のほとんどが文学部を受験したんじゃないでしょうか。ということは、当時の文学部は女性の秀才が集中して集まってくる傾向があったので、他の学部と比較しても簡単ではなかったと思います。
私が文学部を選択した理由は、第一には歴史が好きだったこと(日本では歴史は文学部に属しています)、第二はサラリーマンにあまり興味が無かったことです。(今は違います。今となっては、一生サラリーマンでなくても、人生の一部でもサラリーマンの経験をしておけば良かったなと思っています)。
当時は(恐らく今でも)、文学部は就職が悪いので有名です。何で文学部は就職が悪いんでしょうね。私には理由が分かりませんが、別に法学部や経済学部の卒業生が自分よりも、法律や経済に詳しいと思ったことは、正直あまりありませんので、ただの偏見ではないのかと思っています。しかし、現実問題として、就職が悪いのは事実です。(比較的、就職に強いと言われているウチの大学でも、文学部はあまり良いとは言えません)。
先ほどの第二にの理由が、これで説明できます。サラリーマンを目標にしている場合は、文学部は避けるのが当時の常識だったのです。だから、文学部は男性からは敬遠されました。それで、余計に女性比率が高まってしまうのです。
法律や経済に当てはまらない文系の学科は、日本では、ほとんど文学部につっこんでしまうという無茶苦茶な状態になっています。だから、「これって文学部なの」という学科も、たくさんあります。哲学、心理学、歴史学、人類学など、他の国の大学なら独立した学部になっていそうな学科が全て文学部になっているのです。これは日本の大学がサラリーマン養成学校になっている証拠ではないかと思っています。
ようするに、サラリーマンとして就職を目指す人は法学部や経済学部、商学部などに行きなさい、そうでない人は、まとめて文学部に行けば良い、という発想です。大学は興味のある学問をやる場所とは、大学関係者自体が考えていないという、良い例ではないでしょうか。こういう発想に反発して文学部に行ったという側面も私にはあるのです。
ちなみに、私は大学ではイキリス史を専攻しました。歴史に興味があったので、それ以外にもアメリカ史やフランス史の講義なども取っていました。もちろん日本史も好きですが、高校までに散々やったので大学では西洋史を中心に講義を受けていました。
それ以外に、社会に出てから必要だろうと思って、自分で経済関係の本を、やたらと買って読んでいました。経済学部なんかに負けないという気持ちも多少あったと思います。結局、大学を卒業する頃には、経済学部の人間と話をしても全く困らなくなる程度にはなりました。分野によっては私の方が詳しいと思うものもありました(ジョン・メイナード・ケインズなど)。でも法律の本は読んでいなかったですね。何故でしょう。当時の私は必要性を感じていなかったことになりますが、今となっては忘れてしまっています。タイムマシンでもあったら、当時の私に質問してみたいです。
9月
25
2012
私の通った大学は東京、吉祥寺にある成蹊大学です。吉祥寺は、かなりの繁華街なので、そんなところに大学があるのかと思われるかもしれませんが、もちろん街中ではなく郊外にキャンパスがあります。と言っても、15分も歩けば吉祥寺の駅に着く程度の距離です。
簡単に大学の紹介をしておくと、結構、キャンパスは広くてきれいです。東京の大学キャンパスは土地が高いせいもあってか、せまいところが多いですが(特に私立大学は)、成蹊大学はかなり広いですね。ケヤキ並木が有名で「新東京百景」に選ばれています。
三菱グループがバックアップして創立されたという背景があるので、大学の知名度の割には就職が良いとの評判があります。もっとも、私は、サラリーマンはなりませんでしたので、そのメリットは享受できていませんが。たまに友人に会うと結構、出世していたりするので、「オレもサラリーマンになっときゃ良かったかな」と、ちらと思うことがありますが、すぐに、「やっぱり、オレがサラリーマンになったら上司とそりが合わなくて、出世はしていないだろうな」と思い直します。
卒業生で有名人と言うと、元首相の安倍晋三(もう一度、首相になるかもしれませんので応援してます)、元日弁連会長の梶谷剛。アナウンサーの高島彩、作家の石田衣良・桐野夏生、俳優の中井貴一・鶴見辰吾などでしょうか。
ちなみにテレビに出てくるような有名人ではありませんが、実業界には滅法強く、現社長が卒業生である企業は、アサヒ飲料、富士重工、中部電力、西部鉄道、紀伊国屋書店、森永乳業、集英社、小学館、堀プロ、敷島製パン、エイデンなどがあります。
さて、私が学生生活をおくったのは1980年代初めです。当時はもう70年代に荒れ狂った学生運動は消滅していました。他の大学の友人にも聞いているし、実際に他の大学のキャンパスにも、いくつか足を運んだことがありますので、私の大学に限ったことではないと思います。キャンパス内でヘルメットをかぶったデモなどに、お目にかかることはありませんでした。
東京で一人暮らしを始めた私は、まず下宿を探しました。見つけたのは2階建て6畳の木造アパートです(6部屋ありました)。小さいですが風呂はついてました。もちろんエアコンなどはありません。当時は、4畳半で風呂なしというアパートも結構あり、これでも「ぜいたくだ」と非難されることがありました。友達が風呂に入りに押しかけてきたことも何度かあります。今では考えられないですね。
訳あって、社会人になった後も学生と接する機会が多かった私は(理由は、おいおい説明していきます)、もはや風呂なしアパートというのは学生の下宿では、かなりの少数派になっていること知りました。おかげで銭湯が廃業していると聞きます。最近ではエアコンも付いているのが当たり前だそうです。いやあ時代は変わったものです。
下宿の場所は、井の頭公園の裏手になります。井の頭公園と言えば、頻繁にテレビドラマの舞台になっていることで知られています。テレビの画面で池のある風景を見覚えがある人も多いでしょう。(井の頭公園とは、吉祥寺の街の裏手にある東京都内でも有名な公園のことです。吉祥寺のシンボルのような存在になっています。夏はカップルが滅茶苦茶に多いので目のやり場に困ります。)
学生時代は、「アパートの窓から井の頭公園が見えますよ」と言うと、「え、あのテレビによく出てくる場所ですか」と言って、驚かれたものです。実際、風景のきれいな場所なので、よく散歩しました。井の頭公園周辺には割と芸能人が多く住んでいるので、たまに会うこともあります。
今と違って学生の下宿にはエアコンが無いのが当たり前の時代ですから、真夏や真冬は、とても快適とは言えませんが、その分、歩いて行ける範囲に吉祥寺の街や井の頭公園があったのは、周りの環境は快適だったと言えるでしょう。